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彼らの生き方2

森達也監督「A」の続編である「A2」を見た。

改めて感じたのは、マスコミが(視聴率を稼ぐために)事件をいかにおもしろおかしく報道しようとしているか、ということだった。
それはある意味で仕方がないことなのかもしれない。
しかし、これまでどれだけ多くの人がマスコミの過剰報道or誤報によって傷つけられてきたのだろう?
(偏った言い方になってしまったが、これはある意味で事実なのだ。僕はそういったいくつかの事例を知っている。)

印象的だったのは、オウム追放運動を行っていた地域住民が時間の経過とともに信者と交流を持ち、次第に親しくなっていくシーンだった。これはテレビでは報道されていない「事実」だろう。こんなことを報道しては「オウム=悪」という図式が崩れ去ってしまう。マスコミにとっては「オウム=悪」を視聴者に伝えることが仕事になっていた。それは目に見えない「何か」による圧力だったように思う。

続く
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by oto-no-ha | 2005-03-14 16:14 | thinking

彼らの生き方

これらの本、映画を見ていく内に、僕はある一つの感覚を思い出していた。
それは僕が長い旅に出る直前。その頃に抱いていた感覚だ。

「世界の矛盾」「進むべき道」

旅がその答えを教えてくれるのではないだろうか、と僕は真剣に考えていた。

今考えると、それは一つの「危うさ」だった。

旅から帰ってきた時、ある友人が僕に言った。
「あの頃のお前を見てたら何か変な宗教にでも入って帰ってこないんじゃないかって思ったよ。」
それはある意味で当たっていた。
例えばインド辺りで「お前に世界の真実を教えてやる」と言うサドゥーにでも会っていたなら、僕は喜んで彼についていってたかもしれない。

僕は「危うさ」を纏っていたのだ。

しかし、そんな僕の真理探究への好奇心は、イギリスで3ヶ月ばかり生活している内になぜかすっかり消え去ってしまった。
その後の旅は「せっかく生まれてきたのだからいろいろなものが見てみたい。」
ただそれだけだった。

そして2003年9月1日
忘れもしない、夏のあのうだるような暑さの日。異国の島で僕は一つの思いを口にした。

「普通に生きて行こう」

日本という枠組、そして価値観の中、全ての矛盾を見て見ないふりをして、僕は僕なりの幸せを手に入れるのだ。
それは何気ないものだけど、しかし自分にとっては余ある幸福なのだ。

この考えは見方次第でポジティブともネガティブともとれる。

僕はいつも「知ること」に対して少なからず抵抗を感じていた。それは今も変わらない。「知ること」が宗教へ通じるものだと感じていたし、「普通ではなくなる」、つまり「大多数ではなくなる」ということへの恐怖が常に僕の中にはあったのだ。

この世の中は矛盾に満ちている。一歩引いてこの世界を眺めていると、僕には彼らの気持ちがわかるような気がする。
いや、「わかるような気がする」ではない。「わかる」のだ。ただそれを自分自身認めたくないのだろう。それは一つの「危うさ」なのだから。

人類の歴史を振り返ってみる。
いつの時代も大なり小なり争いはあった。己の理念を貫くために。富を得るために。認めさせるために。

自分が信じてる世界と他者が信じているそれとは必ずしも同一ではない。
それを知ることは大事だし、認め合うことが大切なのだ。
しかし、それは理想でしかないのかもしれない。
人間はだれしも心に「愛」と呼ばれる感情を持っていると同時に、「不安」から生じる嫉妬や妬み(時としてそれはある種の「狂気」とも言える)、そういったものを孕んでいるように思う。

僕は思う。
彼らは、多くの人よりも少しばかり「純粋」な人達であり、そして少しばかり多くのことを「知ってしまった」人達なのだ。そして、その世界を大きく隔てたどちらもが互いを知ろうとはしなかった。僕たちも、彼らも。

ただ、これだけは言える。
多くの人が言うように、彼らはあの事件を決して起こすべきではなかった。
多くの人が信じるこの世界でその事件は「起きるべき」ではなかったのだ。

続く
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by oto-no-ha | 2005-03-11 11:20 | thinking

食と戦争

ちびちゃんから聞いたニュースを見て昨日は寝る前にいろいろ考えた。
繰り返される戦争、加速度的に発展していく経済、変わりつつある人間倫理。
様々な思い、考えが浮かんでは消え。。。

今日は何日か前に書いた食に関すること
その続き。

アメリカのある養鶏場では何千羽という鶏を狭い場所に閉じこめ、互いが傷つけあわないようにくちばしを切り落とし、ひたすら抗生物質を投与し、ある程度成長した段階で出荷するという。
そしてその養鶏場はわずか数人の従業員で成り立っている。
経済、流通の効率化のため、こうした動物愛護協会から非難されてもおかしくないような行為がまかり通っているわけ。
これを知ってかなりショックだった。
生き物がただ食べるための「もの」として扱われ、その成長すらも人間がコントロールしている。

あと農作物の農薬問題とかもこれと近いものがある。(中身は悪いが)見栄えの良い作物を効率的につくるために大量にまかれる農薬。あと科学肥料。
これらは言うまでもなく人体にたいして害(虫を殺しちゃうくらいだからね)であり、その土地に対しても悪影響を与える。

僕はいつからかマックを食べなくなった。
100均もあんま利用しない。コンビニも。(極力ね。コンビニでアイスや酒は買う。あと酔っぱらったらジャンクなものが食いたくなる。)
んで、飯は多少高くても無農薬野菜を買ったりする。

とにかく何かを購入するってのはその作り手(企業)に投票してるのと同じことだと思う。
つまりマックを頻繁に利用するってのはマックのやり方(大量生産大量消費、その他諸々、詳しくはマクドナルド化関係の本を見てね。)に賛同しちゃうことになっちゃうんじゃないのか。
その結果、そういった企業がより大きくなり、そういうやり方がスタンダードになっていく。
(その結果が今の世の中なわけですが・・・)
だからマックは利用するな、ってのも愚かなことです。みんな考え方はそれぞれだしね。
でも何かにお金を払うっていう行為についてはきちんと考えた方が良いと思う。

無農薬野菜を買うってのは、そういうやり方で農作物を育ててる生産者を応援したいってのにも繋がるわけだ。

書きたいこと色々ありすぎてまとまらんけど、ソウイウコトです。

金ってのは投票権(券)。自分の意志を持って投票しましょう。
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by oto-no-ha | 2005-02-08 20:56 | thinking

リアリティ

ニューヨークで起きた同時多発テロ。
世界貿易センタービルに飛行機が二機突っ込んでいくその映像は、今でも頭の中でリアルに浮かべることができる。
メディアはそれほどまでに、執拗にその映像を流し続けた。

でも、その頃の僕はそんな映像に全くリアリティが持てなかった。

なぜみんなそんなに騒いでいるのだろう?
そんなことを思っていた。
そこはテレビの中の世界で、自分の世界ではなかった。
「世界は結局自分の中にしかないのだ」という概念を用いるなら、世界を震撼させたその事件は、僕の世界からは隔絶された、全く関係のない別の次元で起きたものだった。
世界を知らなかったから。歴史を知らなかったから。知ろうとも思わなかった。
たいして考えることをせずとも「何となく」進んでいく世界は、とても狭かった。

いつからか知の欲求が強まった。旅か、音楽か、それとも社会に出たことか。
今考えれば、そのすべてが「原因」であり「結果」のように思う。

少しづつ、知が世界を拡げていくことになった。

もう何度も通り過ぎたいつの日かのパーティーの朝、街を見下ろしながら後輩がつぶやいた。

「リアルって何なんだろう?」

リアリティを持つ。それは結局「知っていくこと」だと思う。

知らない人を人は愛せない。
知らないものを人は大切にできない。
知らないからだ。
知らなければ存在し得ないのだ。自分の世界に。

自分もやがては死に逝くことを知ろう。
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by oto-no-ha | 2005-01-16 00:22 | thinking

日本教

んで、まー最初のお題は「宗教」
宗教といって思い浮かぶのはキリスト教、仏教、オウム真理教などなど。
新興宗教は白い目で見られやすい昨今。しかし、日本国民の多くは日本教。気付いてます?自分が宗教に入ってること???
僕もです。心ここにあらずな日本教。(心は脱日本教。体はまだ日本教。)24年間生きてきて、これが正しいってずっと教えられ続けてきたらだれでもそうなっちゃうよね。でも気分はアンダーグラウンドレジスタンス。

戦後つくられた一つの方向性、結局アメリカ教の下に日本教はあるわけで、アメリカ教は軍国主義をぬけだせ(さ)ず、アメリカ教こそ世界の宗教なのだなんてきっと思ってんだろうねブッシュ。まじでファックなやつだ。

でも自分が宗教ん中にいるってきちんと理解できたら起こせるアクションってきっと変わってくると思う。
まずテレビから流れる膨大な情報を鵜呑みにしない。「テレビで言ってたから間違いないよ。」そんなわけないっす。
人間は情報でつくられていく生き物やから、情報には真実もあればそうでないものも必ずあるのだと認識しておくことがすごく大事やと思う。
本当に北朝鮮が悪いのか?ラディンが悪いのか?テロを受けたアメリカは可愛そうな国?
今流れてる(ある一部かもしれないが)偏ったニュースのみを信じるのではなく、歴史を振り返り、何が真実なのかを自分自身が見極めること。とにかく一歩引いて見る。そこで初めて、脱日本教、、、じゃないかな〜。

でも宗教って人が生きていくために絶対必要なもので、それは生まれてきた誰の心の中にでもある「何かを信じる心」。
生まれてきたことそれ自体が奇跡やし、そんな奇跡をみんな心のどこかで感じてて、ある晴れた日に何かに「ありがとう」と感謝するその気持ちが宗教なのだな〜。

自分の友達の中にもいろいろな宗教が見えるけど、違う宗教の友達でも、やっぱどっか繋がってる宗教があるから、仲良くやってるんだろうなー。
じゃー人間教でつながって世界は平和に、、、なんないものかね〜。

結局まとまりのない、しかし自分の中ではまとまった感のある自己満日記。
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by oto-no-ha | 2005-01-15 00:49 | thinking