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素晴らしい新世界

c0033590_2012894.jpg途上国へのボランティア活動をしている妻の提案で、風力発電の技術協力にヒマラヤの奥地へ赴いた主人公は、秘境の国の文化や習慣に触れ、そこに暮らす人びとに深く惹かれていく。留守宅の妻と十歳の息子とEメールで会話する日々が続き、ある日、息子がひとりでヒマラヤへやってくる…。ひとと環境のかかわりを描き、新しい世界への光を予感させる長篇小説。

筆者自身の考えを一つの「物語」として描いてる感じ。

旅で考えてたこととか、今考えてることとか、自分の考えにとても重なるところがあった(環境問題、宗教、生と死、日本の現実などなど。でもポジティブな文章)。
読んでいて、筆者自身が本当に色々なことを経験してリアリティを持って生きているんだろうな、と感じさせられる。
物語としても面白いし、問題提起にもなっている。

村上春樹作品に多い「空想の世界」ではなく、あくまで現実世界の話(フィクションだけど)。
どちらの世界の人にも読んで欲しいなと思います。

世界の終わりとハードボイルドワンダーランドを見終わった時同様、「この本を知ることが出来て良かったな」と感じました。どちらもカンカクは違うけど。

あ〜、うまく説明できん!

え〜と、ま、勉強にもなるし、拡がる人はここから更に拡がっていけると思うので、興味があったら読んでみて。
大推薦。

では、、、、
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by oto-no-ha | 2005-03-30 00:58 | recommend

最後の休み

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ということで今日は最後の休みだった。
だから特別何かしよう、なんて気も起こらず秋葉原に行ってスピーカーユニットやケーブルを物色。
最近、「お店にひょうたんスピーカーを」という要望があったので、それなら自分で作ってしまおうか、と考えたわけです。
ひょうたんはどんだけネットで探しても見つからないから、結局岐阜の方から取り寄せになった。
でもまだ届いてない。他の材料は秋葉で揃った。渋谷の東急ハンズでひょうたん売ってたけど結構高かったので、練習がてらに小さいのを一個購入。

んで一個出来ました。
まだひょうたんのけずりが甘い。のでこれはトイレにでも置いておこう。

今日は文章がいつもにまして下手くそだな。
秋葉系、ギャル、ギャル男、ヒッピー、ビジュアル系、、、、∞。。。。。

様々なトライブ。。。。混沌。。。。東京。。。。。
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by oto-no-ha | 2005-03-29 22:02 | dialy

福岡生活

今回は結構飲んで馬鹿やって、ってな感じで(いつもかな?)怒涛の4日間でした。

でも何人かの人とは結構まじめに色々話して、良い刺激をもらえたなーと。この刺激は自分の中できちんと生かしていかないとな。言葉で言うのは簡単やから、行動で示します。結果は3年後。

4月からは休み無しの生活が始まる。みんな驚くけど、前の仕事に比べればそれでも全然楽な方だし、そうなったのは結構自然な流れ。
おれはやっぱりそんなに「うまく生きていく」ことができない人間だと思うから、ただ今はまじめにがんばるしかない。
やるべきことはきちんと見えてる。
今回の福岡生活でまた新たにやりたいことも増えた。

「保証の無い世界」

そんな中で生きていくのは、ある意味で不安だが、自分を追い詰めるには丁度いい。
おれは自分自身を追い詰めることで、やっとがんばれる人間だから。

今回刺激をもらったのも、そんな世界で生きていってる人たちだ。
どこかに不安はあるのかもしれない。でも彼らはそんな不安をまったく見せない。逆に彼らの「覚悟」が見えた。

誰かがどこかへ連れて行ってくれるわけではない。
流れ流れても意思が無ければ意味がない。

おれも彼らに良い刺激を与えられるように。
そんな生き方を。
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by oto-no-ha | 2005-03-25 02:01 | dialy

彼らの生き方2

森達也監督「A」の続編である「A2」を見た。

改めて感じたのは、マスコミが(視聴率を稼ぐために)事件をいかにおもしろおかしく報道しようとしているか、ということだった。
それはある意味で仕方がないことなのかもしれない。
しかし、これまでどれだけ多くの人がマスコミの過剰報道or誤報によって傷つけられてきたのだろう?
(偏った言い方になってしまったが、これはある意味で事実なのだ。僕はそういったいくつかの事例を知っている。)

印象的だったのは、オウム追放運動を行っていた地域住民が時間の経過とともに信者と交流を持ち、次第に親しくなっていくシーンだった。これはテレビでは報道されていない「事実」だろう。こんなことを報道しては「オウム=悪」という図式が崩れ去ってしまう。マスコミにとっては「オウム=悪」を視聴者に伝えることが仕事になっていた。それは目に見えない「何か」による圧力だったように思う。

続く
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by oto-no-ha | 2005-03-14 16:14 | thinking

彼らの生き方

これらの本、映画を見ていく内に、僕はある一つの感覚を思い出していた。
それは僕が長い旅に出る直前。その頃に抱いていた感覚だ。

「世界の矛盾」「進むべき道」

旅がその答えを教えてくれるのではないだろうか、と僕は真剣に考えていた。

今考えると、それは一つの「危うさ」だった。

旅から帰ってきた時、ある友人が僕に言った。
「あの頃のお前を見てたら何か変な宗教にでも入って帰ってこないんじゃないかって思ったよ。」
それはある意味で当たっていた。
例えばインド辺りで「お前に世界の真実を教えてやる」と言うサドゥーにでも会っていたなら、僕は喜んで彼についていってたかもしれない。

僕は「危うさ」を纏っていたのだ。

しかし、そんな僕の真理探究への好奇心は、イギリスで3ヶ月ばかり生活している内になぜかすっかり消え去ってしまった。
その後の旅は「せっかく生まれてきたのだからいろいろなものが見てみたい。」
ただそれだけだった。

そして2003年9月1日
忘れもしない、夏のあのうだるような暑さの日。異国の島で僕は一つの思いを口にした。

「普通に生きて行こう」

日本という枠組、そして価値観の中、全ての矛盾を見て見ないふりをして、僕は僕なりの幸せを手に入れるのだ。
それは何気ないものだけど、しかし自分にとっては余ある幸福なのだ。

この考えは見方次第でポジティブともネガティブともとれる。

僕はいつも「知ること」に対して少なからず抵抗を感じていた。それは今も変わらない。「知ること」が宗教へ通じるものだと感じていたし、「普通ではなくなる」、つまり「大多数ではなくなる」ということへの恐怖が常に僕の中にはあったのだ。

この世の中は矛盾に満ちている。一歩引いてこの世界を眺めていると、僕には彼らの気持ちがわかるような気がする。
いや、「わかるような気がする」ではない。「わかる」のだ。ただそれを自分自身認めたくないのだろう。それは一つの「危うさ」なのだから。

人類の歴史を振り返ってみる。
いつの時代も大なり小なり争いはあった。己の理念を貫くために。富を得るために。認めさせるために。

自分が信じてる世界と他者が信じているそれとは必ずしも同一ではない。
それを知ることは大事だし、認め合うことが大切なのだ。
しかし、それは理想でしかないのかもしれない。
人間はだれしも心に「愛」と呼ばれる感情を持っていると同時に、「不安」から生じる嫉妬や妬み(時としてそれはある種の「狂気」とも言える)、そういったものを孕んでいるように思う。

僕は思う。
彼らは、多くの人よりも少しばかり「純粋」な人達であり、そして少しばかり多くのことを「知ってしまった」人達なのだ。そして、その世界を大きく隔てたどちらもが互いを知ろうとはしなかった。僕たちも、彼らも。

ただ、これだけは言える。
多くの人が言うように、彼らはあの事件を決して起こすべきではなかった。
多くの人が信じるこの世界でその事件は「起きるべき」ではなかったのだ。

続く
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by oto-no-ha | 2005-03-11 11:20 | thinking

2/24 の日記 

c0063192_2381231.jpg日本中を震撼させた地下鉄サリン事件。その実行犯とされるオウム真理教。
確かに数多くの罪もない人々を殺害したことは許せない。
しかし、その後の過剰とも言えるマスコミの報道。
視聴者は「オウム=悪」と思い込む。

これはオウム真理教の荒木さんを題材にしたドキュメント映画。
監督は「オウム=悪」を描くように強要したテレビ局に反発し、途中から自主制作という形でこの作品を発表した。

これを見ると麻原と実行犯である幹部クラスの信者は別として、オウム信者は意外にも人間的でまともな人達であるように感じた(少なくとも僕の中では)。
まともでないのは情報に踊らされ「オウム=悪」というわかりやすい価値観の元「我々こそが正義である」と信じ、何の罪もない信者に対し偏見や反道徳的行為を行う我々一般市民のように感じた。

(これは現在においても中国人の中に根強く残る反日主義と重なる部分がある。私たち若者があの戦争を経験していないのと同様、多くの信者はあの日の事件に関して全く関係がないのだ)

いつの時代も人間を形作るのは情報である。
情報に囲まれ過ぎた現代。人間を単一化するのはたやすい時代なのだろう。
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by oto-no-ha | 2005-03-08 23:33 | movie

地下鉄サリン事件

1995年3月20日
世界を震撼させたあの事件から十年という時間が経とうとしている。

当時の僕は14歳。その事件もまた、あの頃の僕にとっては全く別の次元で起きた出来事だった。

今になって、僕は僕なりにあの事件について調べている。

「A」・・・森達也監督
「アンダーグラウンド」・・・村上春樹著
「オウム真理教事件」・・・藤田庄市著

今のところ目を通したのはこれらのみだが、もう少しいろいろな本を読んでみて、いろいろな角度からあの日起こった事件について考えてみたいと思ってる。
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by oto-no-ha | 2005-03-08 23:25 | dialy